近年、話題の「ネイチャーポジティブ」。まだ世界共通の定義付けがされていない言葉ですが、2022年12月に開催されたCOP15で採択された昆明モントリオール生物多様性枠組み(GBF)2030年のミッション「人々と地球のために自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させる」[1]ことをベースに世界が動いています。地球温暖化を進めないためにCO2削減に取り組む中、なぜ生物多様性回復・自然資本に注力をする必要があるのでしょうか?現在のスピードで生物多様性が失われ続けていくと、世界のGDPの半分以上が脅かされることになると言われています。また、人間の生命やウェルビーイングへの影響、2020年のパンデミックは自然の衰退が社会を不安定にさせる警告のサインという指摘もあります[2]。
2023年9月にはTNFDの最終提言[3]が発表されるなど、GBFで採択されたターゲット達成のために企業が動き始めています。WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が企業向けに、ネイチャーポジティブのロードマップを公表[4]したり、世界最大規模のネイチャーポジティブに取り組むイニシアティブ[5]が発足されたり、G7気候・環境大臣会合コミュニケにおいてG7・2030年自然協約が発表されたりと、世界は着々とネイチャーポジティブへ動き始めています。
こうした世界的な潮流をうけ、日本国内でもネイチャーポジティブに関連した動向が活発化しています。2023年3月には日本の生物多様性国家戦略2023-2030が閣議決定され[6]、2050年の「自然と共生する社会」、2030年のネイチャーポジティブの達成を目指し、基本戦略、行動目標、関係省庁の施策を定めました。他にも、農林水産省生物多様性戦略の改訂や、生物多様性地域戦略策定の手引きの全面的な改訂等、制度的な更新がみられます。また、2023年度からは「自然共生サイト」の認定が開始され、保護区域内外問わず、民間の取り組み等により生物多様性保全が図られているサイトの認定、保護区外の区域については、保護地域以外で生物多様性保全に資する地域(OECM)としての国際データベースへの登録が始まりました。
日本国内でも動向が活発化しているとおり、生物多様性の劣化は大きな課題です。特に、日本では従来適度な人間の働きかけ(枝打ち、間伐、下草刈り等)により保たれてきた里地里山や森林環境の、農村部の人口減少・流出、高齢化といった原因による衰退が進んでいます。里地里山や森林環境の衰退により生物多様性が低下するだけなく、水源涵養や土砂保持(災害防止)といったNCP(Nature's Contributions to People)/生態系サービスの低下や、野生動物が人間の生活環境まで行動圏を拡大することによる、人間と野生動物の衝突や農作物への食害も増えています。
国内の生物多様性劣化の課題に向き合うには、国内の「自然」の質を向上させる必要がありますが、「自然」の評価は、ターゲット、目的によりさまざまです。企業活動の自然資本に対する依存と影響を測るのであれば ENCORE(エンコア)等、経済的価値を測るのであれば機能を金額で示す代替法等、生態学研究であれば生育・生息する生物種の多様度指数等、大規模開発の環境アセスメントであればアンブレラ種(多くは大型猛禽類)への影響把握等が挙げられます。なお、「自然」の評価の不完全さについて、TEEB[7]は「生物多様性の価値や機能については未解明な部分が多く、その全てを価値評価することは困難」としていますが、ネイチャーポジティブに取り組むには何らかの定量化が必要になります。英国イングランドでは、既に生物多様性ネットゲイン(BNG: Biodiversity Net Gain)戦略が開始されています。ある場所で失われる生態系を別の場所に再生/創出することで影響をオフセットする考え方を生態系オフセットと呼び、BNGではこの考え方が採用されています。開発のたびにネットゲイン、つまりネイチャーポジティブを目指すという革新的な取り組みにより、新規計画の許認可では10%以上のBNG達成の見込みがないと許認可が得られなくなりました。ここでは、定量的な評価や可視化が必要なため、生物多様性メトリックと呼ばれる生物多様性評価手法も開発されています。また、世界的には、対象生息地の植生をベンチマーク(あるべき姿)と比較して定量化する豪州ビクトリア州発祥のハビタット・ヘクタール法(HH:Habitat Hectares)に準じた方法が、簡易的な方法として広く活用されてきました。近年では、基盤となる水や土壌にはその生態系を形成する特定の菌類のネットワークがあるという視点から、土壌中の菌類のDNA分析も加えた方法で対象地の生態系を評価・把握し、劣化した生態系をNCP(Nature's Contributions to People)/生態系サービスの観点から、より良い生態系に回復させるという取り組みもみられます。
これまで、再生可能エネルギー事業は気候変動の有力な解決方法として推進されていますが、OECDは本年1月に自然環境に配慮して開発を行わないと生物多様性を著しく失う可能性があるというレポートを発表しています[8]。環境アセスメントや許認可制度を通じて生態系保全がなされており、影響の回避・低減・代償を実施することが求められていますが、例えば、地域の生態系回復を行う生物多様性オフセットの観点等も取り入れることで、ネイチャーポジティブにつなげることができます。現在、日本国内では「地域脱炭素化促進事業[9]」も進められつつあり、再エネについては、今後ますます開発の初期段階から地域の課題に応じた貢献策の検討も必要となります。ERMでは、整備不足により荒廃した森林を、地域の行政や森林施業者と協働し改善する生物多様性オフセットプログラム策定・実施支援やステークホルダーとの関係構築等の実績、海外でのネットゲインを達成するための生物多様性オフセットの経験も有しており、ネイチャーポジティブな社会に向き合う上でのアドバイスが可能です。
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[1] Convention on Biological Diversity: 2050 Vision and 2030 Mission
[2] A Global Goal for Nature- Nature Positive by 2030
[3] 弊社ニュースレター:自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の最終提言が公表
[4] WBCSD: Roadmaps to Nature Positive
[5] Nature Positive Initiativeのこと。自然保護団体、研究機関、企業、金融連合27社により構成される。
[6] 「生物多様性国家戦略2023-2030」の閣議決定について | 報道発表資料 | 環境省 (env.go.jp)
[7] The Economics of Ecosystem and Biodiversity, 生態系と生物多様性の経済学 https://teebweb.org/publications/
[8] Mainstreaming Biodiversity into Renewable Power Infrastructure